マツド・サイエンス研究所

僕の宇宙船 帰還カプセル

宇宙に行ったら、いずれは帰って来なければならない。

宇宙から帰って来るには、大気圏再突入が必要で、この時、大気との摩擦で高熱が発生したり、減速に高荷重や危険が伴う事は、良く知られている。

正確には、高熱が出るのは、大気との摩擦ではなくて、空力加熱なのだが、イメージ的な理解としては、そんなに酷いわけではない。

「僕の宇宙船」にも、大気圏再突入し帰還する機能が必要だ。出来るだけ、シンプルかつ安全・確実に帰って来れる方法を考えてみる。

現在、宇宙から帰って来るには、ソユーズのような「カプセル方式」とスペースシャトルのような「有翼方式」がある。一般的には、「有翼方式の方が安全確実で、特別な訓練を受けなくても誰でも乗れる」と言うイメージがあるようだ。だが、「カプセル方式」でも、「有翼方式」と同じくらい安全確実で「誰でも乗れる」宇宙船を作ることができる。むしろ、現実は「有翼方式」のスペースシャトルは「宇宙観光客」を受け入れて居ないが、「カプセル方式」のソユーズは「観光客」を受け入れており、「イメージ」とは逆に「誰でも乗れる」のは「カプセル方式」なのだ。

どうやら、「カプセル方式の宇宙船は、一般人には無理」と言うイメージは、ボストークやマーキュリーと言った極めて初期の「カプセル方式宇宙船」が作ったようだ。実際、ボストークやマーキュリー等の宇宙船が大気圏再突入する時は、8Gを超る減速加速度がかかる。体重60Kgの人なら500kgになってしまう。もちろん、座席に座って居る(と言うより寝て居る)状態だが、それでも、8Gに耐えるのは並大抵ではない。鍛え抜かれた宇宙飛行士のみが耐えられる。

ところが、ジェミニやソユーズと言った第二世代のカプセルになると、減速加速度は3G強ですみ、これなら、素人でも耐えられる。つまり、「カプセル方式の宇宙船は、一般人には無理」とは、「第一世代カプセル」だけで、それ以降の「カプセル方式宇宙船」には当てはまらない。「第一世代カプセル」なんて40年以上前の話なのに、未だに「間違ったイメージ」が世の中に通って居るとは驚いたものだ。

では、「第一世代カプセル」と「第二世代以降のカプセル」の違いは何だろう? 実は、両者の決定的な差は「揚力を持つか、持たないか」である。

「カプセルが揚力を持つ?」と、驚く人も多いかもしれない。「揚力」と言えば、鳥とか飛行機とかの翼に働く力の事だ。だから、スペースシャトルのような「有翼方式」ならともかく、「カプセル方式」に揚力が生まれるとは考えにくいのも当然だ。

「揚力の効果」は、一般的に「揚抗比」で表す。

「翼」には、進行方向と逆向きに働く抵抗力=「抗力」と、進行方向と垂直方向に働く「揚力」があり、

 揚抗比 = 揚力 ÷ 抗力

で示される。

「揚抗比」の値が大きいほど、翼としての性能が良い。普通の飛行機は「揚抗比=5」程度で、この場合、水平飛行するために必要な推進力は「飛行機の全質量の1/5」になる。「揚抗比」が大きいほど、推進力が小さくすみ、燃費が良くなる。

また、グライダーのように滑空する時も「揚抗比」が重要になる。滑空時の「降下率」は「揚抗比」に依存する。「揚抗比」が大きい場合はゆっくりと降りて着て、ふんわりと着陸する。「揚抗比=1」の場合、45度の角度で降下する。これは、滑空というより落下に近い。「揚抗比」が1より小さい場合は、落下だと思っても、あながち間違いではない。

一般的な飛行機やグライダーの場合、必要となる「揚抗比」は大きい値だ。それに匹敵するような「揚抗比」をカプセルのような形状で実現するのは不可能だ。

しかし、大気圏再突入時の減速加速度の軽減のためにカプセルが必要な「揚抗比」は、大きくはない。僅か 0.2 から 0.5 で、十分である。

この程度の「揚抗比」であれば、特に「翼」は要らない。イラストのように、カプセルの重心をずらして、進行方向に対して傾けるだけで十分だ。

このイラストは、「翼の揚力」を説明する時に良く用いられる「ベルヌーイの原理」の図とは異なる。カプセルは、極超音速で飛ぶので、「ベルヌーイの原理」の何も追い付け無いので、影響を受けないのだ。

それでは、どのように、この小さな揚力を使ってカプセルは、減速加速度を軽減させるのであろうか?

その秘密は、高度による大気密度の変化にある。

地球の周りの大気は、高度が高くなると薄くなる。

例えば、富士山の頂上なら、3分の2になり、ジェット旅客機が飛ぶ1万メートル(10キロ)の高度では4分の1である。

さらに、40キロを超たあたりで千分の1を切り、65キロあたりで1万分の1を切る。その先も、どんどん薄くなり、120キロを超たところで、1億分の1を切った後は、もう真空の宇宙と考えても良いだろう。

正確に言うと、この先も大気は、薄くはなるが、無くなる訳ではない。海のように、海面で水が有る/無しがいきなり変化する訳ではなく、連続的に変化し続ける。高度500キロでも、ごく薄い大気が有り、人工衛星や宇宙ステーションも大気抵抗で僅かずつだが、降下する。

大気は、上中下の3つの層に分けると判りやすい。

下層は、高度40キロ以下。人間が生きては行けないが、それなりに大気は濃い。

中層は、高度40キロから65キロ。ごく薄い大気が有る。飛行機などは飛べないが、大気圏再突入時の極超音速では大気の影響は大きい。

上層は、高度65キロから120キロ。あるかないか判らない程度の薄い大気が有る。大気の影響は少ない。

120キロより、上は真空の宇宙だ。

高度200キロ以上で、周回軌道を回っていた宇宙船は、逆噴射をして軌道離脱し、120キロで大気圏を再突入する。120キロから65キロまでは、姿勢が乱れる(揺れる)以外は大きな影響は無い。

65キロを切ると大気の影響は大きくなる。良く知られている大気圏再突入時の発熱や減速Gが始まる。

そのまま、十分な減速ができないまま、40キロを切ると、さらに大気が濃くなり、発熱や減速Gが最大になる。

以上が、揚力を持たない場合だ。揚力を持つカプセルでは、揚力を使い、高度40キロから65キロの中層に、長い時間をかけ薄い大気で十分に減速してから、下層に行く。既に速度が落ちているので、発熱や減速Gも大きくならない。

揚力は中層で「浮かぶ」ために有るのだが、カプセルが高速なので、「揚抗比」は少なくてすむ。

スペースシャトル等の有翼型宇宙船の翼は、滑走路に着陸するために大きく、「揚抗比」も大きくなっている。この大きな翼は大気圏再突入時は、むしろ邪魔で、翼の効果が少なくなるように底面から突入する姿勢を取っている。

「僕の宇宙船」では、カプセルの形状や「揚抗比」は、大気圏再突入時に最適化し、着陸はパラフォイルで行う。こうした方が、邪魔な翼が無い分、大気圏再突入時の構造強度の余裕が大きくできるからだ。

構造強度の余裕が大きい方が安全になるのは、もちろんだ。

だが、構造強度を高くするのは安全だけが目的ではない。カプセルの揚力には、減速Gの緩和以外にも使い道がある。

月や火星・金星からの帰還の場合、地球周回軌道とは比べ物にならない程の高速で大気圏再突入する。

この時、揚力の無いカプセルでは、中層では減速しきれないため、下層に突入し、猛烈な発熱と減速Gを受けるしかない。

揚力カプセルなら、「背面飛行」し、揚力を使って、中層で留まる時間を長くし、十分な時間をかけて減速することで、発熱や減速Gを抑えることができる。

もちろん、幾ら揚力で発熱や減速Gを抑えると言っても、地球周回軌道からの帰還よりは高い荷重がかかる。だから、「構造強度の余裕」が必要だ。

えっ、「『僕の宇宙船』は、宇宙に行って帰って来るだけじゃないの? 月とか火星まで行くの?」だって?

私は、最初から「目的地は地球周回だけ」なんて言っていない。そして、また、「月とか火星が目的地」だとも言うつもりもない。

「僕の宇宙船」の最終的な目的地は「月とか火星」なんて近場ではなく、もっともっと果てしなく遠い場所なのだから・・・・

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