前のコンテンツにもあるが、2ヶ月で20冊読書した。
その最後に読んだ本が、結城浩著の「数学ガール」である。20冊の読書の内、唯一小説では無い本であった。
この「数学ガール」は、高校生の「僕」と「二人の女の子」との図書館における数学についてのやり取りを軸に、数学を啓蒙する書籍である。
私は、
ハンダ付けでも書いたように、高校時代に数学部に在籍したリアルな「数学ボーイ」であった。男子校だったので、数学ガールの存在は無かったが、数学好きな高校生の実態は誰よりも知っている自信はある。
そんな私が「数学ガール」を読むと、違和感がありすぎるのだ。もちろん、図書館で数学していると女の子が二人もよって来ること自体あり得ないことは、筆者も承知の上の演出であろうが、それ以外の点でも違和感がある。
まず、数学好きの男子は、一人寂しく図書館で数学することなど無い。
私の経験では、数学好きは集まって、数学教員室や数学部の活動場所(私の高校には「部室」と言うものが無く、定期的に決まった曜日の放課後に教室を借りて活動場所にしていた)で、ワイワイ騒ぎながら数学していた。
また、「数学ガール」では、一方的に、一人から一人(または二人)に教える形式を取っていたが、実際に数学好きが集まると、一方的に教えることは無い。対象となる命題に対して、誰が最もエレガントな解法なり証明なりができるかを、勝負していた。そもそも「教える」と言う行為は、既に誰かが「正しい答えや解法・証明」なりを求めている事が前提だ。学校の授業なら兎も角、趣味としての数学好きは「既に答えの出た命題」なんかには興味は無い。答えが未だ出ていない、むしろ答えがあるかどうかすら判らない命題にこそ、チャレンジする価値があると考えていた。
最後は、どうでも良いことだが、「数学ガール」では数論が中心に書かれているが、当時の私達は、数論よりも証明や幾何学など、多分野に渡って興味をしてめしていた。「多分野」と言うと聞こえが良いが、ようは手当たり次第に手を広げて居たに過ぎない。
とまあ、「数学ガール」の批判に、このような「数学好きの高校生は一人寂しく図書館になんていないで、仲間を集めてワイワイ数学しているよ」と言っていたら、逆に私の体験の方が「そんなの聞いたことが無い」と言われはじめた。
高校時代に数学好きだった友人の話では、「誰も仲間が居なくて、一人で数学していた」と言う。また、現役の高校教師に聞いたところ「自分の教える高校には数学部は無いし、周りの学校にも活発に活動している数学部があるとは聞いたことも無い」との事だった。
私は、どうも貴重な体験をしたのかも知れないなあ。
書籍「数学ガール」の話に戻るが、本を読むうちに「何故、登場人物を三人にする必要があったのか」と疑問に思っていた。一人が教える役、もう一人が教えてもらう役なら、二人で足りる。なら、何故三人も登場させたのだろうか?
事実上の最終章である第10章「分割数」を読んで、その疑念は氷解した。
この章の命題に対し、主人公である「僕」は正面突破でエレガントな解法を求めた。
それに対し賢い女の子は突拍子とも思える飛躍的な方法を用いた。
もう一人の女の子は、余り賢くないが、地道な方法で解いた。
結局、正面突破でエレガントな解法を求めた「僕」だけが、命題を解けず、残りの二人が正しい解を導き出した。
なるほど、登場人物の三人は、数学の命題に対するアプローチの象徴であったのか!
確かに、「正面突破でエレガントな解法」は、理想的だ。だが、答えが求まらなければ、理想もエレガントも無い。
飛躍的な方法は、天才的な発想が必要だ。また、エレガントと言えないような場合も多い。
賢くない方法は、エレガントじゃない。でも、答えが出るなら、「理想的・エレガントでも答えが得られない方法」より、ずっとましである。
これらの方法の内、どれを選ぶのか、それが、葛藤でありジレンマだ。
この葛藤に共感できず、「答えが同じなら、同じようなもんだ」と言う人は、数学を理解しているとは言いがたい。
高校時代の私も、このジレンマに何度と無く突き当たった。
大学進学後、私は、数学から離れ、物理や工学に興味の対象を移していく。数学から、より俗世的な対象に移った訳だ(「宇宙」は、じゅうぶん俗世的では無いと言われるが)。
数学部の友人たちも、皆、数学以外の道を進んだ。
今の私なら、「余り賢くないが、地道な方法」に傾向しがちだ。
だが、数学の理想境を忘れはしない。
あの若く、青臭く、理想を語り合った日々を。
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