第5章『小惑星開拓宇宙船は 19世紀のテクノロジー』(1/2)
いよいよ、お待ちかねの宇宙船の設計だ。
小惑星の開拓するのだから、「惑星間航行宇宙船」だし、もちろん、人が乗るのだから「有人宇宙船」、その上「自己増殖」できるのだから、一体全体どうなっているのだろう・・・って、皆さん期待していらっしゃるかと思う。
だけど、悪いが、期待は裏切らせてもらう。
小惑星の開拓に使う宇宙船は、見るも無残な「ローテク宇宙船」なのである。
「自己増殖」と聞くと、SFならナノマシンとかの怪しげな名前のオーバーテクノロジーで「実現」するのが常套手段だ。だが、難しい技術を、より難しい技術で「実現」するのは、「実現」じゃなくて「誤魔化し」に過ぎない。
本当に実現させたいなら「難しい技術」を「簡単な技術の組合せ」にしないといけない。
そもそも、小惑星開拓宇宙船は有人で搭乗員が乗って居るのだから、無人で完全自動の自己増殖を考える必要は無い。搭乗員に新たな宇宙船を作ってもらえば良いのだ。
簡単に「搭乗員に新たな宇宙船を作ってもらう」と言っても、「『小惑星開拓宇宙船』って『惑星間宇宙船』だろう? そんなもの簡単に作れるのか!?」って思われるだろう。
それは、『惑星間宇宙船』のイメージがそう思わせて居るのではないか?
『惑星間宇宙船』と言うと、映画『2001年宇宙の旅』のディスカバリー号が有名だ。その他にも『惑星間』ではないが、宇宙船のイメージはスターウォーズの巨大宇宙戦艦だったり、スタートレックのエンタープライズだったり、、宇宙戦艦ヤマトだったり、とにかく、巨大でハイテクで真っ白で恐ろしく清潔だってイメージがある。
『ディスカバリー号みたいな惑星間宇宙船』を、搭乗員にだけで作る・・なんて、想像できないよね?
まあ、搭乗員だけじゃなくっても、地球の工業力を使ったって、ディスカバリー号自体を、どうやって作るか見当も付かないが・・・
だいたい、『惑星間宇宙船』と言えば、高性能な推進系、例えば液体酸素・液体水素のロケットエンジンだとかイオンエンジンとか、最低でも2液式のヒドラジン系推進系を使わなきゃならない。かのディスカバリー号に至っては、推進のエネルギー源は原子力だ。
今あげた推進系なりエネルギー源なりは、どれ一つ取っても、搭乗員が簡単に作れるような品物ではない。だから、どう考えても『惑星間宇宙船』を搭乗員がゼロから作るって事は在り得ない。
と、誰もが思う訳だ。
だが、本当にそうだろうか?
本当に『惑星間宇宙船』には「ハイテク」が必須なんだろうか?
ここで、私は大胆にも『小惑星開拓宇宙船は 19世紀のテクノロジー』で作ると言ったら、どうだろう。
少なくとも推進システムは『19世紀のテクノロジー』だと言ったら。
「本当に『19世紀のテクノロジー』で、惑星間航行用の宇宙船なんか作れるの???」と言われそうだ。
だが、逆に問いたい。
「じゃあ、小惑星開拓宇宙船を造るテクノロジーとは一体どの位のレベルなのか?」
言い換えれば「小惑星開拓宇宙船に必要なのは何?」
実は、前回のコンテンツで、軌道シミュレーションの話題を振ったのは、「小惑星帯に人類が広がるための小惑星開拓宇宙船に最低限必要な機能・性能を計算する」ためだったのだ。
前回のコンテンツで書いたように、詳細なシミュレーション検討が済んでないので概算だけだが、「ΔVが 200m/s で、地球重力の 1/100 程度の小惑星から離陸できる小惑星開拓宇宙船が、ホーマン軌道を使うとし航行期間を 4年とすると、480年で小惑星帯全体に人類は広がる」と計算できた。
もちろん、これは最悪の最大値で、これらの数値は、詳細なシミュレーション検討を行うと下方修正される可能性が高い。
とは言え、現時点で言える「小惑星開拓宇宙船に必要な機能・性能の要求諸元」は
・ΔVが最大 200m/s
・最大で地球重力の 1/100 程度の小惑星から離陸
・航行期間が最大4年
である。
この中で、「ΔVが最大 200m/s」と「最大で地球重力の 1/100 程度の小惑星から離陸」が、宇宙船の推進システムが必要な性能を決める。当然の事ながら、この二つの数値が大きい程、推進システムは高性能を要求される。では、先の「200m/s」と「1/100G」が大きいのか、小さいのかで言うと、宇宙の常識から言えば、とっても小さい値なのである。
普通、地球から宇宙に出るだけで、少なくとも 7900m/s のΔVが必要で、惑星間飛行するためには、目的地により異なるが、更に数千から数万m/s のΔVが必要になる。このように大きなΔVが必要な場合、搭載すべき燃料を減らすために、液体酸素・液体水素ロケットエンジンだとかイオンエンジンだとか原子力エネルギーと言った「噴射ガス速度の速い∝比推力の大きい」ハイテク推進が必要になる。
また、離床するときの推進力も、地球からなら、当然の地球の重力に逆らって上昇するだけの力が必要だし、火星からなら地球重力の半分、月からなら6分の1の重力に逆らう推進力が必要だ。
つまり、小惑星開拓に必要な推進システムは、地球から出発する場合に比べて、1桁から2桁小さいΔVに見合った「噴射ガス速度∝比推力」と、同じく1桁から2桁小さい重力に見合った「推力」しか必要ないのである。
これほど、小さい「噴射ガス速度∝比推力」と「推力」への要求だと、推進システムの性能を思い切り下げることができる。
ここで思い付いたのが、19世紀のテクノロジー「蒸気機関」である。
小惑星にある水分をボイラーで熱し、沸騰してできた蒸気の圧力を、噴射して推力を得る。これが、小惑星開拓ロケットの推進システム「蒸気ロケット」だ。
エネルギー源は太陽光だ。大きな凹面鏡で太陽光を集める。
蒸気ロケットのアイデアは、古く、19世紀からある。宇宙での応用もSF小説ラリー・ニーヴン著「インテグラル・ツリー」に出てくるし、その他にも色々な作品で使われて居る。ちょっと違うのは、真空中で使うことと熱源に太陽光を使うことくらいだ。
ざっと計算してみると、1気圧で摂氏200度まで蒸気を温めると、蒸気ロケットの性能は、噴射ガスの速度が 934m/sすなわち比推力 98.3s になる。空気中と違い、圧力を高くしても性能は余り向上せず、むしろ温度を高くした方が性能向上に寄与する傾向にある。まあ、無理に性能向上を目指すより、1気圧で摂氏200度で十分だろう。
この性能だと、ΔV=200m/s を出すのに必要な推薬量は、宇宙船の初期質量の 20パーセントだ。つまり、最初の段階で、宇宙船の総質量が100トンなら、20トンの推薬つまり水が必要だということだ。推薬が、初期質量の 20パーセントと言うとかなり多いような気もするが、そうでもない。一般的な打上げロケットは、初期質量の90パーセント以上が推薬である。
「1気圧で摂氏200度」と言うのは、難しい技術レベルだろうか?
蒸気機関車を作った事のある人なら判ると思うが(蒸気機関車を作った人が、そうそう居るわけないと思われるかもしれないが、少なくとも私には知り合いが居る。人の乗る本格的な蒸気機関車の場合、蒸気圧は10気圧以上、模型のライブスチームでも 3.5 気圧程度だ)、1気圧というのは大した事ない。自動車のタイヤ圧が2気圧以上、ペットボトルの耐圧が7気圧であることを考えると、小惑星開拓宇宙船の推進システム用蒸気ロケットのボイラーの強度は、自動車のタイヤの半分、ペットボトルの耐圧の 1/7 になれば良い。
また、温度の 200度と言えば、テンプラ油の温度より、ちょいと高い程度だ。
スペースシャトルの液体水素・液体酸素ロケットエンジンの燃焼室内の 200気圧、3000度と比べたら、笑っちゃうほど簡単だ。
ホームセンターで、ブリキか真鍮の板を買い、金鋏で切って半田すれば、200度 1気圧に耐えられるボイラーを作るのは簡単だ。これに銅パイプとバルブを介して真鍮などで作ったノズルを付ければ、推進系の完成である。
簡単に作れるように書いたが、くれぐれも本当に作らないこと。理由は二つあって、一つは耐圧検査の方法を知らなかったり安全弁を付けないと危険だし、もう一つは大気圧下では蒸気ロケットはロクな性能が得られないからだ。大気圧と蒸気圧の差圧を1気圧として、蒸気圧を2気圧とすれば同じと思われるだろうが、そうではない。ロケットの性能は、内圧と外圧の差ではなく、比を使っている部分が大きい。真空中での200度 1気圧の蒸気ロケットと同じ性能を大気圧下で出そうと思うと、200度 20気圧が必要となり、これは大変危険な数値となる。
(この章、長くなってので、以下、次回に続く)
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