第6章『これから、やるべきこと』
このシリーズは、このコンテンツが最終回だ。
最終回だと言っても、何も解決されていない。
それどころか問題は山積みのままだ。
これから何をすれば、『人類は宇宙へ飛び出せる』のか?
計画の詳細化
もちろん、計画の詳細化は必要だ。
第4章で述べた小惑星帯全体に広がる軌道シミュレーションによる解析や第5章の小惑星開拓用宇宙船の設計の詳細化は言うに及ばない。
むしろ、今まであまり触れていなかった生化学とか農業、食物生産、鉱物資源の活用、金属の製錬、ガラスやセラミックの製造方法、それに伴う道具・工具の選択と製作方法も検討しなければならない。金属の製錬など最新の製鉄技術より、むしろ大昔のヒッタイトや「たたら」の情報の方が役に立つかもしれない。陶器や磁器も役に立つ可能性もある。
さらに、今までは全く触れていない項目もある。医療、災害防止、治安維持などなど。結局、小惑星帯に人類が広がった時、どう言った社会構造になるかと言った問題に行き着く。政治、経済活動、さらには心理学的解析、流通、報道、娯楽などなど、考え出したら、切りが無い。私は、軌道解析や宇宙機設計の専門家なので、最初にあげた項目は、どうやればできるか判るのだが、それ以降の項目に関しては、どこから手を付けて良いやら全く判らない。
情報収集
小惑星が、どう言った組成でできているか、第3章では見て来たかのように説明したが、本当のところは誰にも判っていない。最も進んだ小惑星探査機「はやぶさ」にしてもサンプルリターンに未だ成功していないし、仮に成功しても、何万もある小惑星の一つの例に過ぎない。
小惑星に関しては、判らない事は大きく二つあって、一つは、無数にある小惑星の大部分は未発見なことにある。アメリカでは地上もしくは人工衛星から観測で、今後数多くの小惑星を発見・軌道決定する計画がある。が、これはスペースガードすなわち地球に落ちる可能性のある小惑星の早期発見が主目的で、地球に落ちそうもない比較的遠い小惑星の発見は余り望めない。地球から比較的遠い小惑星の方が、水分が残っていて、人類が宇宙に広がるためには役立つのだが・・
判らないことの、もう一つは小惑星の組成だ。生命を維持するために必要な元素は、全てあるのか? どう言った状態で存在するのか? 金属やシリコンなどは工学的な材料になりそうなものは? その他、重水素でもウランでも、レアメタルでも、どう言ったものが、どう言うふうに分布するのか?
これは行ってみないと判らない。やはり無人の探査機を送るのが必須と言えよう。
小惑星開拓用宇宙船を作る
これは、いきなり宇宙空間で作るのではなく、その前に地球上で作ってみると言うこと。
条件の良い地上で作れないようでは、話にならない。
実際に作ってみれば、いろいろと問題点が浮き彫りになり、また、その解決方法が思い浮かぶだろう。
宇宙空間で作る練習
次のステップは、宇宙空間で作る。
フルサイズの小惑星開拓用宇宙船を作るのは困難だろうから、スケールモデルとか一部分から始めるのが筋だろう。
国際宇宙ステーションの例を見ても判ると思うが、現在の技術レベルでは、地上で、ちゃんと確認したモジュールを宇宙で組み立てるのが関の山。原材料の製錬から始める必要のある小惑星開拓用宇宙船には、まだまだである。
従って、原材料から製錬する技術の習得が必要になる。
もちろん、地球周回軌道上で原材料となる小惑星の水分(氷)、鉱石、岩石が存在する訳ではないので、地球から、それを模擬した材料を持って行く。
材料の製錬には、地上の場合、重力や空気等を利用している場合がある。如何に真空で無重量の宇宙空間で材料製錬を行うかが大きな課題となる。
宇宙空間で生物を育てる練習
真空で無重量の宇宙空間で如何に生物を育てるか。課題自体は、材料の製錬と似ているが、生き物を相手にしているだけ難しい。
これも、小惑星を模した土壌(?)をガラスなどのケースに納め太陽光を当て、生物が育つか調べる。最初は微生物から始め、植物、動物と進める。回りの真空や無重力に加え、温度環境や放射線環境に生物が耐えられるかが大きな課題だ。
実地訓練
本当に小惑星に行って、材料の製錬、開拓用宇宙船の建造、生物の生育の実験をする。もちろん、これも、最初からフルスケールで、できるはずもなく、まずはスケールモデルとか部分的な実験から始めるべきだ。
また、最初から有人で行うことも難しいだろうから、まずは無人機で、やれることからスタートする。
まあ、最初は、水分のある小惑星で、微生物とか植物の栽培ができるところから始めるのが良いだろう。
ロボット
今まで触れていなかったが、ロボット技術も大きな課題だ。開拓用宇宙船をロボットが無人で自動生産できるとは思わないが、少なくとも宇宙という苛酷な環境で、人間が行う作業を手伝うという意味では、ロボットがあれば大きな助けになることは、間違いない。
ロボット技術は、上にあげたような計画のステップのかなり早い段階から、入れて進める必要がある。
最初の一隻
最大の問題は、最初に小惑星に行く宇宙船だ。
2世代目以降の「小惑星開拓用宇宙船」がローテクなのは、既に言ったが、ローテクですむ理由は小惑星開拓用宇宙船は、地球から打ち上げられる事も地球へ帰る必要も無いからだ。
それに比べ最初の一隻は、どうしても地球から打上げられ、その上有人なので、ハイテクにならざるを得ない。
ひとたび小惑星に人類が広がれば、地球と小惑星を結ぶ交通手段は、最初の一隻よりも簡単になる。何故ならば、2隻目以降の地球と小惑星を往復する宇宙船は、小惑星側で建造できるからだ。
地球上で建造して打上げられ小惑星を往復するのも、小惑星で建造され地球と往復するのも似たようなものと思われるかもしれない。だが、旅程の大半を占める惑星間航行時に搭乗員が入る居住区を地上から打上げるかどうかが、決定的に大きな違いを生む。居住区は、少なくとも数カ月から数年、搭乗員が住むために、それなりに広く大きく重くなる。その上、その期間の空気・食料・水を搭載するため、更に重くなる。そして、さらに、その期間の放射線を防ぐために厚く重い防御壁が必要だ。
この居住区を地上から打上げ、小惑星へ行く軌道に乗せることは大変だ。ちょっと計算してみたが、想像を絶する打上げロケットのコストが必要になる。
片や、小惑星で建造する場合、居住区は地上に降りることも打上げる必要も無い。地球の往復は、小さくて軽いカプセルだけで良い。カプセルに乗っている期間は短い(数時間から数日程度以内)ので、狭くても我慢ができるだろう。空気や食料・水も少なくて済む。放射線に関しては、短期間なら重い防御壁はいらないし、そもそも地球近傍なら、地球の磁気が放射線を防いでくれる。カプセルだけの打上げ・大気圏再突入なら、大したこと無い。
最初の一隻は、どうしても居住区込みで地上から打上げなければならないので、最大の問題になる。
夢とも妄想とも言えない話をすると、ロボットを打上げて、それが小惑星で無人で宇宙船を作って、地球に送ってくれたら、一番簡単なのにと思う。
ロボットだけなら、狭いも広いも無いし、空気や食料・水も必要ない。放射線にだって、人間より、ずっと強く作ることができる。
そんなロボットが小惑星の資源を使って、何年かかっても良いから、宇宙船を作り、地球に向かって送くる。最初の搭乗員は、小さなカプセルで打上げられ、軌道上でロボットの作った宇宙船に乗り移れば良いのだ。
とは言え、これは夢のまた夢。完全無人の場所で、ロボットが宇宙船を作れるようになるとは、とても思えない。宇宙船まるごとは無理でも、原料となる資源だけでも小惑星から削り取って送ってくれれば、随分助かる。別に小惑星を一つ丸ごと必要な訳ではなく、せいぜい直径10メートルとか20メートルとかあれば十分だ。
それを言えば、滅多に無いとは言え、数十年とか数百年に一度くらい地球に近付く小惑星を利用すると言う手もある。ただし、この場合、太陽光で水分が蒸発しているので、資源としての魅力は半減するが。
まあ、最初は、やはり地道に地球から打上げた宇宙船から始めるのかなあ。
いきなり、水分の残って居る遠い小惑星から始めるのは難しいので、近場の小惑星に行って、資源が使えるのか、調査する事から始めるべきなんだろう。近い小惑星なら、数カ月から半年で往復できる。この位の期間なら、放射線の防御は少なくて済む。小惑星に着いたなら、穴を掘って中に入るか、砕いた小惑星のかけらを宇宙船の周りに貼り付けておけば放射線を防げる。この砕いた小惑星を宇宙船に貼り付けるアイデアは「はやぶさ」チームの人に頂いた。小惑星は、グズグズの軽石状態なので、簡単に砕け、一度、バラバラになった破片が、宇宙船が発生する微小重力で勝手に周りに貼り付くだろうとの事。そんなに上手く行くのか?
近場の小惑星から始めた場合、水は無いので地球から持って行くしか無いが、それ以外の資源はそれなりにあるだろう。ここで、惑星間宇宙船を作って、さらに遠い小惑星に行くという訳。
最初に近場の小惑星に行く宇宙船のコストは見積もった事がある。で、1兆4000億円と出た。もっとも、私の見積もりは甘く、もっとかかるかも知れないとも言われるが。実は、昨年春、某組織の某理事長に、この1兆4000億円の宇宙船を作りたいと持って行ったら、「時期尚早」と断られ・・・・(以下、自粛)
なぜ、月や火星でないのか?
なぜ、月や火星よりも、小惑星から始めた方が良いか。この問に答えて居なかったのは、まず、私の小惑星構想を説明してからでないと、答えができないからだ。
もう、お分かりだと思うが、月や火星では、「ローテク宇宙船」で人類が広がらないのが、その理由だ。また、月や火星の資源の乏しさもある。それにエネルギー源に太陽光を使うなら、太陽から遠かったり、表面積が少ないのが不利だ。小惑星なら、無重力下で巨大な太陽電池なり集光鏡を開くなりすれば良い。核分裂や核融合を使えれば話は別だが、もし、核融合が使えるなら、月や火星より地球の方が良いかもしれない。
何より、火星から始めると、結局、地球の再現にしかならないと思うのだ。先行き行き止まりの今の地球に。
もちろん、反論もあるであろう。
私も、最終結論には達していない。
宇宙に出て、何が良いのか?
さて、最後の最後に、「何故、宇宙に人類が出る必要があるのか?」「宇宙に出たことによって、その人は幸せになれるのか?」と言う哲学的な問いに答えなければならない。
長いこと、30年位の間、考え続けて居るが、一般・普及的な答えは未だ得て居ない。
あらゆる人が喜び勇んで宇宙へ出て行く論理的完全性を持った理由など無いのだろう。
だが、一方で、宇宙へ出て行きたいと切に願う人が居るのも事実だ。私のように。
私は、人類のために宇宙へ出ることが必須だと信じて居る。論理的完全性を持って説明できない以上、それは、論理的ではないかもしれないし、むしろ直観的なのかも知れない。
少なくとも、それに挑戦する努力を惜しむ事はしたくない。
「小惑星など、何も無い寒く暗い所に行って、穴を掘って中に住むなど、生きて居て何の楽しみがあるのか?」とも言われそうだ。
だが、私は、小惑星に行って住むことができたら、やりたいことが山ほどある。手初めに30メートル程の直径の望遠鏡を作って、天体観測をする。
核融合を使った推進システムの研究をする。太陽エネルギーで動く粒子加速器を作って、反物質を作る。作った反物質を使った推進システムの研究をする。時間と空間を歪める研究をする。最後の奴は、理論も方法も何もかも未だ判らないが・・・
これらの事は地球上ではできないし、仮にやったら、他の人に迷惑をかけそうな事ばかりだ。誰も居ない小惑星にこそ相応しい。
「何のために、そんな事を・・・」
決まって居るでしょ。
上にあげた研究は、すべて恒星間飛行に繋がる科学・技術だ。
人類は、必ず、星の世界へ、銀河の彼方に広がる。
なにもかも、みな始まったばかりだ。
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