マツド・サイエンス研究所

人工衛星のスタイリング

一つ前のブログで、ロフトプラスワンで「格好良い宇宙船」と言うテーマでトーク

すると告知した。ロフトプラスワンでは、「既存の『格好良い』シンボルを集めたスタイリングではなく、次の世代のシンボルとなるような機能の伴ったスタイリングをしたい」と提案した。その提案自体は、比較的受け入れられたのだが、その後の話の流れの中で、山中さんから衝撃的な意見を聞いた。「あまりにもシンプルな外観デザインが科学や技術の進歩を阻んでいる」と言うのだ。

「既存のシンボル」とは、19世紀なら蒸気機関車の煙突、20世紀ではジェット機の翼とか流線型などが典型的な例だ。そう言ったシンボルを本来必要のないものに当てはめて飾り立てるスタイリングに私は否定的だ。19世紀のSF小説に描かれた煙突の付いた宇宙船のイラストが典型的な例だ。既存のシンボルを集めたスタイリングは、必要のない装飾をゴテゴテと飾り立てたものになる、そう思っていた。

これに対し、山中さんが言ったのが、「あまりにもスマートでシンプルなパッケージングが内部の仕組みを隠してしまう。『進んだ科学・技術は魔法と区別がつかない』という言葉があるが、内部構造を隠蔽したデザインは、使う人に取って技術か魔法かの区別をなくしている。その結果、子供たちに科学や技術に対する興味を失わせおり、引いては科学や技術の進歩を阻害している。科学や技術の進歩の停滞には、シンプルなパッケージングの責任もあるかもしれない」である。

スマートでシンプルな外観デザインとは、iPhoneやAndroidなどのスマートフォンが典型的な例だ。それまでのPCや携帯電話から、キーボードやマウス、折り畳み機構を排し、如何にも簡単で使いやすそうと言うイメージを抱かせるデザインだ。しかし、実際には、内部が複雑でなくなったわけではなく、単に単純な形状デザインのケースで内部を隠蔽しているに過ぎない。スマフォに限らず、スマートでシンプルな外観デザインは、中身の複雑・危険・汚いなどを隠蔽する傾向にある。

つまり、「スマートでシンプルな外観デザイン」も一種の「シンボル」だと言うのだ。それは「複雑じゃないよ、危険じゃないよ、汚くないよ」と言う「シンボル」である。私は、「シンボルの寄せ集めのスタイリング」はゴテゴテと飾り立てたものと信じていたので、真逆の「スマートでシンプルな外観デザイン」がシンボルの一種だと気付かされて驚いた。

そこで、私の専門である人工衛星のスタイリングについて、山中さんの意見を反映して考えなおしてみた。

このコンテンツの最初のイラストは、良くある衛星の形だ。面白みのないシンプルな構成・形状は、シンボルをゴテゴテと飾り立てたスタイリングと相反するものだと思っていた。しかし、山中さんの意見を聞いて、このようなシンプルな衛星スタイリングも「シンボル」の一種だと気が付いた。すなわち、内部の複雑な仕組みを隠蔽しているに過ぎないのである。

一般的な衛星の箱型形状は、内部の電子機器などを包むケースの形状だ。山中さんは「パッケージ」と言う言葉を使ったが、それは「ケース」と同等だろう。人工衛星は言わば大きな電子機器だが、電子機器においてケースとは、次の役割がある。

(1) 強度を保つための構造体

(2) 外部からの異物等の侵入・混入・汚染を防ぐ。

(3) 外部とのインタフェース

(1)は電子機器だけだと自分の重さや外部からかかる力に耐えられない場合、これらを支える力のための強度をケースが受け持つと言うもの。

(2)は、主に人間が不用意に触って、ショートさせたり、破損させたりしないようにだ。他にも水分やゴミや風などの侵入を防ぐ。

(3)は、直方体つまり箱形状なら、平らな場所に置いたり、積み重ねたりしやすいと言う意味だ。一般的に電子機器はいろいろな形状の電子部品をプリント基板にハンダ付けしたものやバッテリーなどで、形状は複雑であり平らな場所に置くわけにも積み重ねるわけにもいかない。

さて、上記の(1)〜(3)はあくまで地上での電子機器のケースの役割だが、これらを人工衛星に当てはめると、どうなるだろう。

まず、(1)だが、重力のない宇宙で使う人工衛星の電子機器には、そもそも強度を保つ必要がない。もちろん、ロケットで打ち上げるときの加速などには耐えなければならないが、それにさえ耐えれば、強度的な問題はない。

また、(2)だが、宇宙には電子機器をさわるような人間も居ない(あくまでも無人の人工衛星の場合だが)、水も風もゴミもない。

(3)だが、宇宙空間には平らな場所に置く必要もない。ただ、打ち上げるときには、ロケットの先端にあるフェアリングの内部に人工衛星を収納しなければならない。が、このフェアリングはエンピツサックのような形状である。つまり、先のすぼまった円筒形の内部に衛星を入れるわけだから、箱形状が収納性が良い訳がない。

(1)〜(3)以外に、人工衛星のみでのケースの特徴がある。

(4) 主にスピン衛星の場合、ケースは太陽電池を貼り付けるところ

(5) 放熱面を貼り付けるところ

(6) ケースの外壁がロケットのエンジン音で震えて、内部機器を壊す

(7) メンテナンス時にケースを開ける必要があるので、邪魔

(4)は、スピン衛星が主役だった昔の話、(6)と(7)は役割というより欠点だ。

このように、現時点における人工衛星のケースには、(1)強度を保つための構造体と(5)放熱面を貼り付けるところと言う2つの役割しかない。つまり、強度を保つ構造体と放熱面を貼り付けるところを別に用意すれば、人工衛星にケースは必要ないのだ。

そこで、人工衛星のケースを廃し、内部の仕組みを隠さない衛星スタイリングを考えてみた。それが2枚目のイラストだ。

なお、2枚目のイラストを描く上で内部も考えており、そのためにはある程度の具体性が必要となった。そこで、今回の2枚のイラストは、ある科学衛星をモチーフにしている。ただし、イラスト化する上で単純化したりデフォルメしたりしているので、実在する衛星とは離れた形状になっている。

2枚目のイラストの衛星では、箱型のケースをなくし、その代わり、衛星内部には、カーボンファイバーのパイプを組み合わせた骨組みがあり、打上げ時のロケットの加速度を受ける。この骨組みに通信機やコンピュータ、バッテリーと言った電子機器が直接載っている。特に大きいのは、推進用のヒドラジンが入ったタンクと、衛星の割には大きなホイールが4つ載っている。このように電子機器などを搭載した骨組みの上をベルクロテープ(所謂マジックテープ)で、金色に光る断熱材のシートを貼りつけている。大面積のケース外壁がないため、ロケットエンジンの音で振るえることも少なく、またメンテナンス時もベルクロテープを剥すだけなので、アクセス性が良い。

放熱面は、ケース外壁に貼るのではなく、別途断熱材の外側に銀色の面をむき出しにしている。

太陽電池はパドルに貼りつけて、軌道上では展開している。ロケットに収納する時には、太陽電池を畳むところまでは1枚目のイラストと同じだが、2枚目のイラストでは可能な限り大きな太陽電池面積を取るために、ロケット収納時には斜めに置いた上、フェアリング上部のすぼまった部分にも壁に沿わすように太陽電池を設置している。このため、軌道上では、奇妙なガルウィングのような形状に展開している。

このような奇妙な形状の人工衛星は、汎用的に最適化したものではなく、今回、モチーフに使った科学衛星にのみ特化し、最適化したものである。

今回の2枚のイラストを描いてみて、如何に普段なにも考えずに単純な箱形状の衛星を描いているか、自分でも判った。

1枚目のイラストを描くのは、わずか40分ほどだ。ところが、2枚目のイラストは太陽電池パドルの収納方法や軌道上での展開形状などを考えるのに1週間、イラストを描くだけでも3時間以上かかった。

今回のイラストでは、まだ「格好良い」を追求するほどはデザインを詰めてはいない。しかし、奇妙な太陽電池のパドル形状や内部にある大型のホイールが断熱材越しに形状が判る程度にはなっている。

「なぜ、こんなパドル形状なんだろう? 金色の断熱材の内側にあるものは何だろう?」と見る人が首をかしげてくれれば成功だ。

さて、今回のイラスト、格好良いと思う? 奇妙なだけと思う?

どっちだろう?

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