図書館からスチームパンクの本など借りてきて読んでいたりする。私のような技術屋にとって、機能を伴わない装飾に過ぎないスチームパンクは、本来相容れないものである。しかし、一方ではスチームパンク的装飾を面白いと思う自分も居るのも無視できない。そこで、スチームパンクを論理的に分析して見よう。
スチームパンクはサブカルチャーの一種で、19世紀の英国をモチーフにしたデザインを多用する。衣服のファッションならメイド服などのゴスロリが当てはまる。衣服のファッションのみならず、アクセサリーや機械・建築物、漫画やアニメ・映画などにも取り入れられており、ジブリ作品では「天空の城ラピュタ」や「ハウルの動く城」が、これにあたる。スチームパンクはサブカルチャーとは言え、決してマイナーとは言い切れない勢力を持つ。冒頭のイラストはラピュタの飛行服っぽく描いてみた。
既に述べたように、スチームパンクは19世紀の英国つまりシャーロックホームズが活躍していた時代をモチーフにしているが、21世紀の現代、なぜそんな古い時代のデザインを真似るのだろう。ちなみに19世紀の英国の建築様式はゴシックで、そのためメイド服などもゴシックと呼ばれていると思ったら大間違い。本来、ゴシック様式とは更に古い12世紀にフランスで流行したものだ。19世紀の英国では外観だけをゴシック様式に似せて内部は近代的な鉄骨トラス構造を持つ建築様式が流行した。これは本来のゴシックと区別するためにゴシックリバイバルと呼ぶのが正しい。スチームパンクは19世紀の英国を真似ているが、その19世紀の英国では更に古い12世紀を真似るのが流行していたとはややっこしいことこの上ない。
さて、本題に戻るが、スチームパンクでは、革や真鍮を多用し、歯車や鋲など本来は機能部品であったものを装飾として使うことが多い。なお、イラストにも描いたが、その中には飛行機用ゴーグルや真空管なども含まれる。実はこれらは20世紀になってからのもので時代考証が間違っているのだが、スチームパンクでは細かいことは気にしない。また、同じくイラストに描いたように蒸気機関を使ったロボットも実際には動くはずもなく、単なるアクセサリーの一種だ。こう言うのは、動くところを想像することで補うらしい。
まあ、ここまで書いて判ると思うけど、スチームパンクは一見機能しそうだけど機能しない歯車とか蒸気機関とか真空管などの部品を装飾品とするファッションとかデザインである。そして、その機能しそうな部品が本当に機能していたのは、19世紀の昔、つまり旧技術のものと言うわけだ。
機能するかしないか、それを飾りとして見せるか隠すか、その技術が新しいのか旧いものか、3次元に分類したものを、2つ目のイラストに示した。なお、このイラストは技術的側面でのみ分類しており、例えば「花柄模様」と言った純粋な装飾は考慮に入れていない。
スチームパンクは「機能しない、旧技術、隠さない」ので「B1」の分類になる。
最新テクノロジーの流行は、iPhoneを代表とするように「機能する、新技術、機能部品を隠す」の「A4」の分類になる。「A4」の分類には、iPhoneの他には、プリウスなどのハイブリッドカーがある。iPhoneの場合は意図的に誰でも簡単に分かるようにと言う配慮から機能部品を隠しているが、ハイブリッドカーは、空気抵抗を減らし、燃費を良くするためにカバーが付いていると言う違いはあるが、結果的には最新テクノロジーは「隠す」方向にある。
スチームパンクと同じような旧い技術でも実際に機能する「B2」の分類もある。代表的なものは機械式腕時計で、特にギア部分やテンプ(調速機と脱進機)を見えるようにしているものもある。最も顕著な例はトゥールビヨンで、これが付いている腕時計は1千万以上の高価なものも珍しくない。しかし、どんなに良い機械式時計でも精度は、ずっと低価格なクォーツ時計よりも悪く、ましてや電波時計やGPS時計には及ぶべくもない。精度が悪い、性能が低いからと言って、魅力がないわけでは無いことは、ここ10年以上に渡り機械式腕時計を使っている私自身も判っている。同じ「B2」の分類には真空管式アンプや、保存鉄道の蒸気機関車などがある。一般的にはレトロとか懐古趣味とかノスタルジックとか呼ばれるものだ。
その他の分類で、機能しないものを隠しているA3やB3、旧い技術を隠しているB4は意味がないので、ここでは触れない。
機能しない最新技術風のものを見せる「A1」の分類は、今は余り存在しないが、かつてはたくさんあった。例えば、1930年代の流線形をした蒸気機関車とか、1960年代のエリアルール形状をしたスポーツカー、1980年代のリトラクタブルライトなどあり、いずれも当時の先端技術である航空機、特に戦闘機の形状を真似たものである。もちろん、航空機とは比べ物になら無いくらいの速度では、空気抵抗を軽減する機能は役に立たず、装飾以上の意味はあまり持たなかった。最近、あまり「A1」の分類に相当するものが無いのは、実は元ネタになる「A2」の分類自体が少数であるからかもしれない。
問題は、「最新技術で機能する部品を見せる」の「A2」の分類だが、これは最近ほとんどない。強いて言えば「ダイソンの掃除機」なのだが、この場合、見せているのは機能部品じゃなくてゴミだろう・・と言う話もある。
さて、色々分類していると、イラストのような分類に適合しないものもあることに気付いた。最新型のGPS腕時計だ。中身の技術は最新だし当然機能もする。しかし、それを見ることはできない。一方、外観は小さい文字盤が幾つも付いたクロノグラフ風だ。このクロノグラフは、1960年代の超音速戦闘機の操縦席の計器を思わせるデザイン。しかし、現在の実際の戦闘機はスクリーンになって居てアナログな計器ではなくなっている。すなわち、このGPS腕時計は、内部機構は「A4」の分類、外観は「B2]の分類と、2つの分類の複合になってしまっている。同じよな物に最新のデジタル一眼レフカメラでありながら、30年程前のマニュアルカメラの外観をまとったニコンDFなどがある。
話が横に逸れてしまったが、本題の「A2」の分類が何故少ないかと言う問題に話題を戻そう。この「A2」の分類は、今でこそ少数派だが、かつては多数派だった。「A1」の分類よりも多かったと言っても過言では無かろう。
かつての「A2」の分類の典型は蒸気機関車だろう。最近のイベント列車で細々と走る蒸気機関車の事では無い。19世紀半ばから20世紀前半の蒸気機関車こそが時代の先端だった頃の話だ。蒸気機関車はピストンこそ直接は見えないが、コンロッドやクランクが外部から見え、その動きから仕組みを推測することができた。また、もくもくと上がる煙や水蒸気が力の源だと判る。家庭の中でも、時計があった。昔の柱時計は振子型が主流で、同様に動きが見え、そこから仕組みを推測することができた。置時計や腕時計はテンプ(調速機と脱進機)式が主流で、外部からは見えないが、カチカチと音がして想像をかきたてる。蒸気機関車に対する時計の最大のアドバンテージは一般の人でも触ることができることだ。柱時計でも置時計でも毎日のようにゼンマイを巻かないといけない。その上、分解して中の仕組みを探る事ができる。中年以上であれば、子供の頃に壊れた時計を分解して、中から沢山の歯車が出てきて吃驚し、元に戻せなかった経験を持つ人も多いだろう。
では、何故かつては多数派だった「A2」が姿を消したのか?
考えてみると幾つかの理由がある。
一つ目の理由は電子化である。かつては歯車が機能実現の技術だったものが、多くは電子部品に置き換わっている。時計が最も良い例だ。電子は目に見えず、その動きを見て、仕組みを推測することもできない。だから、見せる意味もない。真空管は例外的にヒーターの光が見えるが、これは真空管の機能とは本来関係ないもので、また、真空管そのものが既に旧い技術に属する。
二つ目の理由は空気抵抗だ。既出のプリウスなどのハイブリッドカーがあたる。ただし、ハイブリッドカーは中身が半分電子機器になっているので、一つ目の理由も入っている。二つの理由があると考察には向かないので、この先はハイブリッドカーではなく、オートバイを例に分析させてもらう。オートバイは未だハイブリッドや電動化は少数で、大多数が旧来からのガソリンエンジンだ。もちろん、キャブレターが電子制御に置き換わる等の電子化も行われているが、肝心要のエンジンは昔ながらのピストン式のガソリンエンジンだ。30年程前まで、この最大の機能部品であるエンジンをむき出しにするのが、オートバイのデザインだった。エンジンを隠していたのは、スクーターだけで、スーパーカブですらエンジンはむき出しだ。それが、スピードを出すための空気抵抗対策として、カウルを付けるようになった。それでも最初の頃はエンジンが外から見えていた。空冷だった事もあるかもしれない。しかし、時が経つと、水冷化と共に外部からエンジンが見えないデザインが主流になってきた。今やオートバイだと言うのにスクーターのようなデザインのバイクもある。驚くべきことに、最新のオートバイは、カウルの無いネイキッドと言う種類にも関わらず、エンジンが外部から良く見えないデザインのものも多い。むしろ、エンジンが外部から良く見えるのは、ハーレーのような懐古趣味のバイクか、基本設計の古い物だけになってきている。
ガソリン・エンジンのオートバイ、それも空気抵抗を重視していないネイキッド・バイクですら、最大の機能要素であるエンジンを余り目立たないデザインにしているのは、前述の一つ目の理由でも二つ目の理由も当てはまらない。別の理由があるはずだ。
三つ目の「A2」が姿を消した理由は、デザイン思想だ。「良い技術は表に出ず、縁の下の力持ちに徹する」と言う思想だ。「複雑な機構が見えるような工業製品は、メカが苦手の女子供や老人に受け入れられず、普及せず、売れない」と言いかえることもできる。30年以上前の学生時代に、このように教えられたし、現在の大半の技術者も同じような教育を受けたはずだ。この思想の最も典型的な例が iPhone であり、エンジンを隠したオートバイも、この思想から生まれたものだ。
しかし、長いこと信じていた思想に疑問が湧いてきた。この思想、事実だろうか?
先ほどは、さらりと書いたが、「メカが苦手の女子供や老人」の部分には、差別的な表現が含まれている。私の直接知っている女性や子供・高齢者でメカが得意な人も多々いる。もちろん、女性や子供・高齢者でメカが苦手な人も居るが、その割合は若い男性と比べて有意な差があるほどではない。
そもそも「複雑な機構が見えるような工業製品は、売れない」は真実なのか?
本当にそうなら、スチームパンクのような分類「B1」や懐古主義の分類「B2」は成立しないことになる。「B1」や「B2」がある一定の需要がある以上、「複雑な機構が見えるような工業製品」も売れるのである。
「複雑な機構が見えるような工業製品が売れるのは、マニアに限られ、多数に売れることは無い」と反論されそうだ。だが、決定的な反証を示そう。それなら、何故、「A2」分類に属するダイソンの掃除機がヒットを続けていられるのか?
ダイソン以前の国産の掃除機は皆「A4」つまり内部の仕組みを隠すデザインだった。しかし、ダイソンが中身を見える掃除機を出したら、大ヒット。つまり、中身の見える工業製品はマニアだけでは無く、一般の人にも売れるのである。同じことが、ロボット掃除機ルンバにも言える。
これは掃除機だけでは無く、きっと洗濯機、冷蔵庫、炊飯器など、他の家庭用電化製品も中の仕組みが見えるようなデザインで売れるようなものがあるに違いない。もし、掃除機だけが特別で、ほかの電化製品にはそんなデザインは無いと言うなら想像力が貧困と言うしかない。
では、「複雑な機構が見えるような工業製品は、売れない」が真実でないとしたら、なぜ信じられるようになったのだろう。当の技術者にとって、このデザイン思想を信じることに何のメリットも無い。自分の技術力を誇示する欲求を抑えつけられるだけでなく、技術の良さを理解されなくなり、結果、技術者全体の地位の低下に繋がっている。実際、最近の理系離れやモノ作り力の低下は、この技術者の地位低下が原因の一つだと思う。
「複雑な機構が見えるような工業製品は、売れない」が信じられる事で得をするのは、技術に理解の無い経営者、商品企画部門、広報部門と営業である。こう言う人たちに踊らされて技術者は自分の欲求を抑制し、自分の地位を落とすことになったのかも知れない。
このように仮定すると、一つ疑問の起きる。iPhoneを作ったジョブズは「理解の無い経営者」だったのだろうか? ジョブズに関する限り「理解の無い経営者」とは思えない。もしかしたらジョブズは全て判った上で、iPhoneをデザインしたのかもしれない。「複雑な機構が見えるような工業製品は、売れない」が真実でないとしても「複雑な機構が見えない工業製品は、売れない」ではない。要は「複雑な機構が見えるか見えないかは、売れるか売れないか」とは相関関係が無いだけだ。ジョブズはiPhoneの性格付けをする時に「複雑な機構が見えない」デザインを選択し、それを徹底しただけかもしれない。
こう考えると、経営不振の日本企業が技術畑の経営者をおいても、つまらない製品を作り続け、経営再建できない理由にも繋がる。企業のトップに技術に理解のある経営者を置いても、その人が「複雑な機構が見えるような工業製品は、売れない」と言う思想を信じているなら、経営者が非技術畑出身と同じく「複雑な機構が見えない」製品を作り続けることだろうからだ。
世の技術者たちを抑制を取り払い、技術を主張しよう。
技術への回帰を意味して、「テクノロジー・ルネサンス」と名付けよう(この名称、今、考えた)
どんなデザインが「テクノロジー・ルネサンス」なのか、具体的に示すのは難しい。しかし、勘違いする人も居るかと思うので、以下に「テクノロジー・ルネサンス」では無いと言う例を示そう。
「テクノロジー・ルネサンスでは無い例」
その1)他の分野の形状だけ真似たもの
分類「A1」に属する。昔の流線形蒸気機関車など。
宇宙ステーションに翼の飾りを付けるような類。
機能しないものを見せるのは単なる飾りだ。記号・シンボルとも言う。
その2)より高性能のものの機能は形だけ入れたもの
これも分類「A1」に属する。
昔の車のリトラクタブルライト。
その3)機能はしても、旧技術に属するもの
これは分類「B2」。機械式時計や真空管アンプ。
ちゃんと技術的に成立して機能しても、新技術でないとテクノロジー・ルネサンスでは無い
その4)最新技術なのに、旧技術の外観を借りている。
先のGPS腕時計やニコンDF、ミラーレス一眼デジカメなのにペンタプリズムが付いているもの全般。
洗濯機、冷蔵庫、炊飯器などの家電にも「テクノロジー・ルネサンス」を当てはめるられると書いたが、たぶん簡単なことではない。真に技術・機能を見たし、それを見せて受け入れられるのは、簡単な技術センスだけではだめで、アーティストであるインダストリアルデザイナーとの協力が必要に違いない。
もう一度言う。世の技術者たちを抑制を取り払い、技術を主張しよう。
「テクノロジー・ルネサンス」
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