今回は、全くの新規物である。
マツド・サイエンティスト研究所で、今まで行なった研究報告は、どれも数年前に研究したものだ。が、今回は新規のアイデアである。英国では珍しく暑かった6月のある朝、サリー大学構内の芝生の道を太陽を浴びながら歩いている時に、思い付いたのである。
このアイデアを思い付いた時、ちょうど前回の研究報告である『光ヨット』のコンテンツを書いている最中であった。そして、『反物質ロケット』の報告の中で、自分自身が言っている『一般的には、「噴射速度が速いすなわち比推力が高い程、良いロケットである。」と思われている。が、これは大きな誤りである。』と言う誤りに、自分が入り込んでいることに気付いた。
光ヨットの場合、受けた光を反射して、推力を得ている。これは、「噴射速度を光速、すなわち比推力を最大限」に等しい。噴射速度を適切な値に下げることで、より効率的に加速できる。
より効率的な方法が有ることが明らかだったため、『光ヨット』のコンテンツが、私にしては力の無い調子の終り方をしている。既に私は、今回の『太陽温水型水ロケット』に気をうばわれ、『光ヨット』のコンテンツには、手っ取り早く終わらせようと言う気しか残って無かったのだ。
『水ロケット』と言うものをご存知だろうか?
ペットボトルに、紙とかプラスチックの安定板を付け、中に水を入れて、ゴムの栓をし、立てる。この栓に穴を空けておいて、自転車の空気入れで、中に空気を入れる。ある程度、中の圧力が高くなると、栓が自然に抜け水を噴射し、ペットボトル製のロケットを空中に発射すると言う遊びである。『水ロケット』の本が何冊も出版されているし、市販のキットも有るので簡単にできる。
空気を入れる人は、噴射する水を浴びるので、「夏の日の遊び」(H.K氏談)である。この水ロケット、子供の遊びだが、ロケットとしての最低限の条件は備えているので、決して馬鹿にできない。
例えば、中に入れる水の量を変えて実験してみよう。ペットボトルに満ちる程の水を入れると、勢い良く水が噴射しないので、全く飛ばない。
逆に全く水を入れないと、「ポン」と威勢の良い音がするが、あまり飛ばない。水の量を色々と変化させて実験すると、ペットボトルに四分の一から三分の一程度の水を入れると一番良く飛ぶことが判る。(小学生の夏休の自由研究に最適の課題だ。ちなみに私の甥は小学三年生の時、このネタで自由研究して、何かの賞を学校で取ったらしい。)
栓が抜け、発射する時点での内部圧力が同じだとすると、水が少ないほど内部に蓄積されたエネルギーが高い。逆に質量は、水が多いほど大きいから、エネルギー密度は、水が少ないほど高くなる。
噴射速度は内部圧力が高いほど速くなる。栓が抜けた時点での内部圧力が一定でも、水が少ないほど、その後の圧力低下は少ない。従って平均的な噴射速度は、水が少ないほど速く比推力も高い。
すなわち、水が少ない程、エネルギー密度も比推力も高いが、必ずしも良く飛ぶ訳ではない。
逆に、水が多いほど、質量比が上がるのだが、やはり必ずしも良く飛ぶ訳ではない。
エネルギー密度/比推力最大でも質量比最大でも無い中間のところに最適点がある。
『光ヨット』は、言うなれば、水を全く入れない水ロケットのようなもので、噴射速度は最大だが、「ポン」と言う音だけで良く飛ばないものである。
では、ここで問題。
水ロケットを飛ばす時、自転車用のポンプを押すような労力を使わない方法が有るだろうか?
答えは簡単。水ロケットを立てておき、周りに薪を置き、火を付ける。やがて、ペットボトルの中の水は沸騰し、内部圧力が上がり栓が抜け、発射する。(危険ですから、良い子の皆さんは絶対真似をしないで下さい。ペットボトルが破裂する可能性もありますし、うまく行っても、噴射する水が熱湯になっていて火傷をする可能性があります。)
薪を使わない方法もある。ペットボトルを真っ黒に塗っておき、立てる。周りに大きな鏡を数多く置き、真夏の太陽の光をペットボトルに集中する。やがて、ペットボトルは集まった太陽の光で熱せられ、ペットボトルの中の水は沸騰し、内部圧力が上がり栓が抜け、発射する。(危険ですから、良い子の皆さんは絶対真似をしないで下さい。ペットボトルが破裂する可能性もありますし、うまく行っても、噴射する水が熱湯になっていて火傷をする可能性があります。)
なんと、馬鹿げた回答だろうか!?
だが、この馬鹿げた回答と同じ仕組みで、「恒星間飛行」をおこなうのである。
下図に「太陽温水型水ロケット」の概念図を示す。
図1のように「太陽温水型水ロケット」は、光ヨットと異なり、受けた太陽光を集め、エンジンで太陽光エネルギーでプロペラントを熱し、後方に噴射するものである。
この「太陽温水型水ロケット」を図2のように太陽表面から太陽直径分だけ、離れた距離に置く。光ヨットの場合、同様の場所から加速を開始すると、最終的に光速の15%の速度を得るには、全体質量1kgに対し、約の面積の帆、つまり円形なら直径約3.6キロメートルの帆が必要になるのは、以前の報告の通りである。
「太陽温水型水ロケット」の場合、同じ場所から加速開始しても集熱器の面積は、約であり、つまり直径約1.5kmメートルの集熱器が必要になる。なお、この場合は最終的な質量1kgに対し、プロペラント6.8kgが必要になる。
図3のように太陽から離れたところから加速開始する事で、さらに集熱器を小さくする事が可能である。光ヨットでは、太陽方向への加速が難しいので検討してないが、「太陽温水型水ロケット」の場合、集熱器の面積は、約であり、つまり直径約880メートルまで小さく出来る。
また、光ヨットの場合は必要な帆の面積は最終速度の二乗に比例するのに対し、「太陽温水型水ロケット」に必要な集熱器の面積は最終速度の三乗に比例する。このため、最終速度を遅くすると集熱器の面積は極端に小さくなる。
光速の1%を出すのに必要な光ヨットの面積は、約の面積の帆、つまり直径約240メートルの半径の帆が必要になるのにたいし、「太陽温水型水ロケット」では、集熱器の面積は約、たった(?)直径15メートルで良い。
「太陽温水型水ロケット」を使って、αケンタウリに無人探査機を送る事を考えよう。「太陽温水型水ロケット」は、最終速度を遅くすると、極端に集熱器が小さくなるので、ギリギリまで遅くする。
全重量は7.8kg、うち6.8kgはプロペラントである。集熱器の面積、直径280メートルである。
この「太陽温水型水ロケット」を水星軌道くらいから、太陽めがけて加速を開始する。集熱器で集められた熱で、プロペラントを光速の3.4%で噴射する。比推力は百万秒!
図3と同じように、太陽の表面から、僅か太陽直径分だけ離れたところをかすめ飛ぶ。最大加速は3300G!!
「太陽温水型水ロケット」は、光速の7%まで加速し、αケンタウリまで61年かかる。
恒星間での軌道制御は不可能なので、『鮭の卵』方式を採用する。「太陽温水型水ロケット」のペイロードを100gとすると、一機当たり百個の『鮭の卵』を放出する事ができる。『鮭の卵』を百万機放出するためには、「太陽温水型水ロケット」が一万機必要な計算である。数は多いが一機当たり7.8kgなので、総質量は78トンである。
問題点を列挙するとつぎのようになる。
最終速度を落として、光速の1%にすると、集熱器の直径15m、最大加速68Gまで落とせるが、αケンタウリまで430年もかかってしまう。
その他、今回の検討でやり残したことは、
等である。
ずいぶん、現実味を帯びてきたではないか?
「『僅か1kgで集熱器直径280mを最大加速3300G、太陽の至近距離』の何処が現実味か」だって?
バザード・ラムジェットの文献なんて、もっと凄いことが平気で書いてあるよ。私の「反物質ロケット」だって、恒星間飛行に必要な反物質を得るのに原子力発電所を専属で使っても数億年必要だとか、コストが円かかるとか、結構凄い事書いているもんね。このように恒星間飛行と言うのは困難を極めるのですよ。まあ、困難な分だけ、挑戦し甲斐のある目標ともいえるのだが・・
むしろ、「僅か1kgで集熱器直径280mを最大加速3300G」と数字が想像できる程度まで現実化してきたと思って欲しいね。でも、数字が想像できるとかえって難しく感じるから不思議だ!(貴方だって、2000億円のスペースシャトルより、貴方の200万円の車の方が高いと感じるでしょ!)
現在の技術で最速の探査機は、秒速約30kmである。光速は、ほぼ秒速30万kmだから、その一万分の一に過ぎない。光速の1%とか10%と言うのは、現在の記録の100倍とか千倍に当たるから、かなりの技術革新が必要となる。
とりあえず、光速の0.1%、現状の十倍を狙うかな!?αケンタウリまで、4300年もかかってしまうが、集熱器の直径は僅か48センチ、最大加速0.64G、噴射速度秒速145km、比推力1万5千秒ですむ。えらく、現実的な数字が並んできたぞ!
これで、世界記録、いや太陽系記録を作ってから、次のステップとするか!?
(冥王星軌道まで、7ヶ月半。冗談じゃなくて、宇科連やISTSに論文出せそうなネタになってきたな)
やっと、数値演算シミュレーションの終わった。しかし、私のサブノートに休息は無い。次なるコンテンツの為に鬼のような量のコンパイルを行ない続けている。
「太陽温水型水ロケット」の質量を、太陽中心からの距離を、速度を、噴射速度を、集熱器の面積を、噴射するプロペラントの流量を、光速を、太陽の光エネルギーの総量でとすると、次の運動方程式が立てられる。
・・・(1)
(1)式は、見ても判るように相対論的な考慮は行なっているが、太陽引力と太陽光の輻射の影響は、小さいものとして無視している。
どう頑張っても、(1)式から簡単な解析解を得る事はできなかったので、数値演算シミュレーションで解析した。(誰か解析解を導出できたら教えて下さい。)
噴射速度の時間変化を一定としても、パラメータが多すぎるのと非線形なので、簡単には最適解が得られない。そこで、乱暴な方法だが、数値演算シミュレーションを何万回か繰り返して、傾向を取った。(役に立たなかったケースまで含めると何十万・何百万回繰り返したか・・判らん!)
シミュレーションの結果、次のような傾向を得た。
太陽中心からの最接近距離を、最終速度を、最終質量を、プロペラント質量をとする。
・・・(2)
(2)式の中で、は、加速開始時に、どの方向へ加速するかによって依存する係数である。太陽から反対の方向へ加速する時はθ=0度、太陽と垂直方向へ加速する時はθ=90度、太陽の方向へ加速する時はθ=180度としている。
最接近距離をを一定と考えた場合、図4のようにθを定義したと考えても良いだろう。
は、次のような数値になる。
θ |
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0度 |
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15度 |
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30度 |
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45度 |
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60度 |
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75度 |
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90度 |
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105度 |
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120度 |
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135度 |
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150度 |
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165度 |
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なお、(2)式及び表1については、あくまでも近似式で、引力の考慮を行なっていない事と、光速の30%以上では、相対論的効果が顕著に現れるので、最終到達速度が光速の0.1%から30%程度でのみ使用可能である。また、本文中の具体的なケースについては、各々シミュレーションを行なっているので、(2)式と表1を使ったものと微妙に異なるものがある。
全体を通じて、噴射速度は、開始から終了まで一定としており、エンジンの効率を100%としている事に気を付けて欲しい。また、太陽の半径はである。