マツド・サイエンティスト研究所

研究報告18 デジカメだって、ボケが欲しい! the 10th of February 2003


Panasonic LUMIX DMC-FZ1

 デジカメを買った。
 Panasonic LUMIX DMC-FZ1 (右写真)である。
 画素数こそ、200万画素と控えめだが、35mm版換算で、焦点距離 35-420mm の12倍ズーム、それも全域開放絞り F2.8 更に手ぶれ防止機構付きと言う驚異的なスペックをコンパクトなボディに納めた魅力的な製品である。
 実売価格も6万円未満とあって、『ややや、憧れのサンニッパ(300mmF2.8)も、デジタルだと、こんなに安く軽くコンパクトにできるのか!!??』と思ってしまう。
 そのレンズに期待して、写真を撮ったのだが、期待通りが半分、期待を裏切られた気分が半分になってしまった。

ポートレートの背景にボケが足りない!!

 思わず買ってしまった LUMIX DMC-FZ1 で試し撮りをした。
色々な写真を撮ったのだが、ポートレートの試し撮りが下の写真だ。(ちなみにモデルは我が娘である。)
 なお、並べてあるのは、ほぼ同一条件で撮った 35mm フィルムカメラで撮った写真である。
デジタルカメラによる写真
Panasonic LUMIX DMC-FZ1
ほぼ 200mm 相当(目測) F2.8
35mm一眼レフカメラによる写真
NIKON F3 ED180mm F2.8 ISO-400 絞り優先 AE
L版プリントの後、スキャナで取り込む

 これらの写真を見比べて、どう思われるか?
 元より、200万画素のデジカメやプリントをスキャナで取り込んだ写真に解像度や発色を期待してはいない。
 問題は、背景のボケだ。 ほぼ、同一条件、同じ背景で撮った写真とは思えないほど、背景のボケが違う。 35mm版 カメラの背景は何処で撮ったかも判らないほどにボケているが、デジカメの背景は冬場の枯れた木である事が一目瞭然である。
 デジカメの写真は、明らかに背景のボケが足りない。 これでは、主題となる被写体(モデル)が浮き立たない。 その上、デジカメのボケは、お世辞にも美しいとは言いがたい。
 なぜ、35mm版 カメラとデジカメでは、これほど、背景のボケが違うのだろう??

Panasonic LUMIX DMC-FZ1

魅力的なスペック

 Panasonic LUMIX DMC-FZ1 の主なスペックをカタログから抜き出して見ると である。
 スペックの中で、際立っているのは、やはり、『35mm版換算で 35-420mm の12倍ズーム』と『全域開放絞り F2.8』だ。 もし、35mm 版カメラで同等のレンズを作ろうと思えば、手持ち撮影は不可能な程の巨大なものになってしまうだろう。 だが、LUMIX DMC-FZ1 は、200万画素と欲張らないスペックで、CCD面を小さくし、レンズを極めてコンパクトにまとめる事に成功している。
 このデジカメ、写真だと大柄に見えるが、実際に手に取ってみると意外なほど小さくて軽い。

何故、開放絞りの明るい超望遠レンズが、こんなにコンパクトになったか?

 スペックから、 LUMIX DMC-FZ1 に使われている 1/3.2 型 CCD 受光面は、35mm フィルムの 1/7.6 の大きさしかない事が判る。 これは、200万画素と現時点では欲張らない、それでいて十分な性能を確保しているから、このような小さな CCD 受光面で済むのだ。 そして、この小さな受光面こそが、超望遠レンズをコンパクトにした最大の理由である。
 同じ倍率の望遠レンズは、単純に、受光面の大きさの比が焦点距離の比になる。
 また、
開放絞りの F 値 = 焦点距離 ÷ レンズ口径
だから、同一の開放絞り F 値を持つレンズなら、焦点距離の比が、レンズ口径の比と等しい。
 すなわち、同一倍率、同一開放絞り F 値を持つレンズの寸法は、受光面の大きさの比になる。
 例えば、35mm 版カメラ用 420mm F2.8 のレンズの有効口径は、420÷2.8=150mmである。これと同一の倍率・開放絞りを持つ LUMIX DMC-FZ1 用のレンズの焦点距離は 55.2mm、有効口径は、19.7mm と何れも 1/7.6 の大きさしかない。 如何にコンパクトになるか判るだろう。
 だが、寸法以上に重要なのは重量だ。 重量の比は、寸法比の三乗になる。 1/7.6 の三乗は 1/439 だ。 LUMIX DMC-FZ1 のレンズ部が、どの程度の重量だか知らないが、仮に全重量 350g の内の 100g だとしよう。 LUMIX DMC-FZ1 と同様のレンズを 35mm 版で実現しようとすれば 439倍、つまり、約 44kg になってしまう。 とても、携帯できる重量ではない。
 受光面の寸法比から、単純に重量比を計算するのは、余りにも短絡的かもしれない。 しかし、この計算でも妥当かもしれないと思われるくらいに、35mm 版カメラ用の大口径望遠レンズは巨大で重い。
 35mm 版の場合、最初から諦めていた、そんなレンズを LUMIX DMC-FZ1 はコンパクトなボディに実現した。 だから、思わず欲しくなったのである。

デジカメに求めるモノ

 実は LUMIX DMC-FZ1 が登場するまで、私は「デジカメなんて欲しくない。少なくとも欲しいデジカメなんて無い」と言い続けていた。 その理由は、「魅力的なデジカメが無いから」だった。
  LUMIX DMC-FZ1 が登場する以前のデジカメは、多くは 35mm 版カメラのコンセプトのまま、単にデジタル化したカメラがほとんどだった。 コンセプトを引き継いでいるのだから 形状と言い、写し方と言い、35mm 版カメラの猿真似に過ぎない。 いっそ、猿真似なら、本家の 35mm 版カメラを性能で抜けば、それはそれで魅力を感じるのだろうが、残念ながら、現時点では、そこまでの性能を秘めたデジカメは無い。 (いずれ、近い将来、そう言ったデジカメが登場する事は確実だと思うが・・)
 だから、現時点で『魅力的なデジカメ』とは、35mm 版カメラでは、到底実現不可能なコンセプトを持つカメラだ。 そう言った意味では、超小型の『玩具デジカメ』も、35mm 版カメラで実現不可能なコンセプトである。 実際、私は、約一年前から、超小型の『玩具デジカメ』を使っている。 だが、この『玩具デジカメ』では、気に入った写真が撮れずにいて、十分に気に入っているとは言い難かったのだ。
 ところが、そんな折、 LUMIX DMC-FZ1 が登場した。 何度も繰り返して述べている通り、コンパクトなボディで驚異的な倍率のズームレンズで全域開放絞り値 F2.8 を実現している。 これは、200万画素と言う小さな CCD 受光面なくしては成し得なかった素晴らしいコンセプトだ。
 まさに『デジカメだからできるコンセプト』・『35mm 版カメラでは、到底実現不可能なコンセプト』だ。

大口径望遠レンズに何を求めるか?

 サンニッパをはじめとする大口径望遠レンズに求めるのは何だろう?
 人によって好みも異なるだろうが、少なくとも私は次の3点だ。
  1. 明るさでシャッタースピードを速く
  2. シャープな写り
  3. ポートレート撮影時の背景のボケ
 これらは、皆、開放絞りに関係している。
 どんなに焦点距離が長いレンズでも開放絞り値が暗ければ、シャッタースピードが遅くなり手持ち撮影が不可能になる。 また、開放絞り値が明るくないと倍率が高くてもシャープな写りにならない。 さらに、絞り開放でポートレートを撮影した時、背景をぼかすためには、絞りが明るい必要があるのだ。
 正直、今までのデジカメは、どんなにズームの倍率が高くても、開放絞りが暗いレンズしか使っていなかった。 暗い絞りじゃ、シャッタースピードが遅くなるし、シャープな写りにはならないし、ましてや背景をぼかす事もできない。 それじゃろくな写真も撮れないと不満だらけだった。
 ところが、そんな中、LUMIX DMC-FZ1 は、前項のようなスペックを引っさげて登場した。 サンニッパどころか、420mmF2.8 !!
 これじゃ、『どんな写りをするんだ!?』と期待せざるを得ないじゃないか!

試し撮り! 試し撮り!

 そんなこんなで、思わず買ってしまった LUMIX DMC-FZ1 で試し撮りをした。  色々なシチュエーションで写真を撮ったが、概ね『明るさでシャッタースピードを速く』と『シャープな写り』については、満足できる結果が得られた。
 ところが、ポートレートの試し撮りが先の写真だが、『ポートレート撮影時の背景のボケ』については不満が残ってしまったのだ。

ボケの考察

 背景のボケとは、どう言うメカニズムで生じて、何に依存するのだろう?
 今までは、カメラ雑誌や自分自身の経験から、次のような傾向のイメージを持っていた。  ポートレートに向いた望遠レンズの冴えたるものは、何度も出てきている サンニッパ(300mmF2.8)だが、余りにも大きくて重い。その上、高価だ。
 私の場合は、もう少し小さい ED180mm F2.8 か 135mm F2.8 をポートレート用に使っている。 このような明るめの中望遠レンズとしては、85mm F1.4 などもポートレート用として、人気がある。
 ただ、私の経験は、35mm 版のカメラだけで、受光面の大きさが変わった事は、今まで無かった。 イメージ的には、『望遠レンズで、F2.8 なら、ポートレート用に最適』と思ったのだが、実際にはそうでも無いようである。
 そこで、図のような「背景のボケを生むメカニズム」を検討して、ボケの生む主な要因を考察した。

結局、ボケは口径に依存する

 考察の過程は、数式を多用するので、MathML を使った付録に詳しく説明してある。
付録は、MathML を使っているので、Mozilla または Netscape 7.0 でしか読めない。 Mozilla または Netscape 7.0 については、基礎知識17 Mozilla - MathML と SVG - を参照のこと。
 結論だけを言うと、『被写体の大きさが一定』で、『画像に占める被写体の大きさの割合が一定』の場合、背景のボケは、『レンズの口径にのみ依存する』だ。
 35mm 版カメラの場合、50mm F1.0 も 100mm F2.0 も 200mm F4.0 も、レンズの有効口径は、50mm で一定である。 これらのレンズで同じ被写体のモデルを、フィルム上で同じ大きさで撮った場合、つまり、50mm なら近付き、200mm なら離れて撮ることになるが、背景のボケは同じになる。 極端な例だが、仮に 25mm F0.5 と言うレンズがあるとするなら、思いっきりモデルに近寄って撮った場合も同じボケになる。
 更に、『ボケはレンズの口径にのみ依存する』は、受光面の大きさが違っても通用する。
 50mm F1.0 のレンズは、1/3.2 型 CCD を使ったデジカメなら、380mm レンズ相当の倍率を持つ。 従って、被写体から相当離れないとモデルの姿が画面に納まらないが、そうやってポートレートを撮った場合、先に示したレンズで撮った場合と、ボケは同じになる。
 『試し撮り』のポートレートの例では、ほぼ 200mm に相当するデジカメのレンズの焦点距離は 26.3mm で、絞りが F2.8 の場合、口径は 9.4mm になる。 この口径は 9.4mm は、35mm 版カメラの 200mm レンズの F22 に、ほぼ等しい。 F22 にまで絞り込んだのに等しいのでは、『ポートレート撮影時の背景のボケが満足できない』のも理解できる。

ポートレートに向いたレンズ口径

表 1 ポートレート用レンズの焦点距離と開放絞り及びレンズ有効口径
焦点距離[mm] 開放絞り F 値 レンズ有効口径[mm]
85 1.4 60.7
135 2.0 67.5
180 2.8 64.3
200 2.0 100
300 2.8 107.1
 表 1 に、一般的にポートレートに向いていると言われるレンズの焦点距離と開放絞り及びレンズ有効口径を示す。
 これらのレンズを見てもらえば判るが、サンニッパ(300mmF2.8)や 200mm F2.0 等の口径 100mm 以上は別格だとしても、口径が 60mm 以上が、ポートレート向きと言える。
 また、如何にポートレート向きのレンズと言えども、多くの場合、一絞りや二絞りは絞って使用することを考えると、口径が 45mm であれば、実用上、問題無い程度のボケが得られるだろう。

こんなレンズをデジカメに期待する?

表 2 デジカメ用ポートレート・レンズ(?)
レンズ有効
口径[mm]
焦点距離[mm] 35mm版に換算した
焦点距離[mm]
開放絞り F 値
60 11.2 85 0.19
45 11.2 85 0.25
60 17.7 135 0.29
45 17.7 135 0.39
60 23.7 180 0.39
45 23.7 180 0.53
60 39.4 300 0.66
45 39.4 300 0.88
60 52.6 400 0.88
45 52.6 400 1.2
  LUMIX DMC-FZ1 の 1/3.2 型 CCD に口径 60mm または 45mm のレンズを当てはめるとどうなるだろう? それが、右の表 2 だ。
 正直言って、『18mm F0.3』なんて、実現可能かどうか想像も付かないのだが如何だろう? 表の中で、多少とも想像がつくのは、『50mm F1.2』だけだ。 友人がニコンの F1.2 を持っていたので知っているが、結構でかいレンズである。 また、『50mm F0.9』は、キャノン7用のレンズが実在したので、技術的には可能なんでしょうねえ。 でも、このレンズ自体『伝説のレンズ』となっているから、簡単じゃないのは間違い無い。
 もっとも、35mm 版カメラ用レンズと異なり、周辺部は全く使わない。 また、明るすぎるから、どうせ ND フィルターを入れたいくらいで、光が無駄になっても一向に構わない。 だから、その分、光学設計は楽になるとは思うのだが、こう言ったレンズは可能性があるのだろうか?

デジカメは何処へ行くのか?

背景のボケを期待するなら・・

 光学的に背景ボケを期待するなら、CCD 受光面の小さいデジカメに大きな口径のレンズを付けることになる。 先に示したように、『18mm F0.3』と言ったレンズだ。
 レンズだけではなく、レンズの前に付けるアダプターができるかも知れない。 倍率は変化無く、大きな開口径のレンズから光を集めるだけの『集光アダプタ』なるものも可能性がある。
 だが、元々、 LUMIX DMC-FZ1 のように CCD 受光面の小さくする事で、全体をコンパクトにしたデジカメに、巨大な口径を持つレンズを付けることは、そのメリット自体をスポイルした事になる。
 電子的に処理する可能性もある。 ハーフミラーやプリズムを用いて、複数の CCD 受光面に『前ピン』や『後ピン』を、中央のピントと同時に撮影する。 これらの空間変化から、背景の部分を推定し、背景ボケを作り出す事も可能かも知れない。
 もっと手軽に、画像処理ソフトで、背景だけボケを作ってしまえば良いのかも知れない。 だが、それじゃ、何か物足りない!  もっとも、最近じゃ、35mm フィルムサイズの CCD や CMOS 素子が作れるようになったみたいだから、35mm 版 一眼レフのレンズが、そのまま使えるデジカメで良いではないか? でも、それじゃ、また、35mm 版 一眼レフの大きさのままになってしまう。 LUMIX DMC-FZ1 が示してくれたデジカメの可能性を否定する事になりかねない。

そもそも『背景のボケを期待する』事自体、アナクロなのか?

  LUMIX DMC-FZ1 のコンセプトを初めて見た時、衝撃を受けた。 CCD 受光面を小さくする事で、開放絞り値の明るい超望遠ズームレンズを持ったデジカメを、ここまで小さくする事ができるとは思いもよらなかったからだ。
  LUMIX DMC-FZ1 は大いに売れているだろう。 私が知っているだけでも、何人もの友人が既に買い、欲しがっている人も多数居る。 買った人の多くは、その写りに満足しているだろう。 私のように、『背景のボケが足りない』となげているのは、ごく少数に違いない。
 買って写して初めて気がついたのだが、 LUMIX DMC-FZ1 は、驚異的なコンパクト性だけではなく、今まででは成し得なかった写真を撮る事が可能なのだ。 明るいレンズとブレ防止機構のおかげで、暗い室内でもフラッシュ無しで、遠くのものを拡大して撮影が可能なのだ。 被写界深度が深いので(ボケが少ないのは被写界深度が深いのと同義)、意外なほど広い範囲でピントが合う。 それも手持ちで、撮影できるのだ!!
 従来は、このようなシチュエーションでは、撮影自体が困難だった。 こう言った状況で、クリアな写真が撮れるとは恐れ入ったものだ。
  LUMIX DMC-FZ1 と言う新しいコンセプトのデジカメは、クールに「画像の記録」と割り切った場合、これまでに無いほど純粋に機能する。 もちろん、 200 万画素と言う解像度の限界はあるが、その範囲では、ほとんど文句の付け様も無い。 「画像の記録」と割り切った場合においては!!

 ポートレートの撮影において背景のボカすのは、「画像の記録」ではない。 「写真」と言うアート作品において、主題となる被写体(モデル)を際立たせる手法の一つだ。
 デジカメは、「画像の記録」を追い求め続けた。 だが、アマチュア・カメラマンに取って、カメラは「写真」と言うアート作品を撮影する手段に過ぎない。
  LUMIX DMC-FZ1 のコンセプトを見たとき、超望遠で明るい開放絞り値は、デジカメに「背景ボケ」と言うアート作品を撮る手法を持ち込んだのかと思った。
 しかし、考察した結果、 CCD 受光面の小さくする事で、全体をコンパクトにしたデジカメは、理論的に「背景ボケ」が得られない事が判った。 そして、 LUMIX DMC-FZ1 のコンセプトは、これから広く受け入れられていくだろう。
 「背景ボケ」と言う手法自体、35mm 版 一眼レフ 超望遠大口径レンズ『サンニッパ』と言う前世紀の遺物なのかも知れない。

デジカメは何処へ行くのか?

 「画像の記録」の一つの究極の形として、 LUMIX DMC-FZ1 が登場した。
 そこに「背景ボケ」と言うアートの手法は無い。
 しかし、元々、「背景ボケ」と言う手法自体、スポーツ写真のための超望遠大口径レンズの『邪道的』な使い方として生まれたものに過ぎないのかもしれない。
  LUMIX DMC-FZ1 は、画素数を 200 万画素に限り、小さい CCD 受光面を用いる事で、コンパクトなボディに明るい超望遠レンズを実現した。 ブレ防止機構と明るく、しかも被写界深度の深いレンズは 35mm 版カメラでは達成不可能な室内での手持ちで拡大写真を可能にしている。
 この新しい「画像の記録」をアート作品に生かす手法を、私は知らない。
 だが、新しい技術は常に新しい手法を生むだろう。 いずれ、きっと・・・
Copyright (C) 2003 野田篤司
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