「キットカーと自作スポーツカー」のページで紹介したように、英国には車を自分で作り、ナンバーを取って公道を走らせる趣味が存在する。前述のページでカタログを紹介したキットカー「STYLUS」を売っている「Specialist Sports Cars」社に行って、店の親父に直接色々聞いて来た。これは、その時のレポートである。 が、なんと、店の親父は、「おまえの事を知っている」と言い出した・・・・・!?
「Specialist
Sports Cars」社は、私が住むギルフォード市の隣のウォーキング(Woking)市にある。車で僅か10分位の距離だ。土日は、このショップ開いていないのは確認済みだったので、5月11日の月曜日、昼休みに行ってきた。
ウォーキング市の繁華街から離れたうら寂しい裏通りに有るのだが、その裏通りに面しているのは、全く関係の無い普通のビル。(写真の左側のビル)
そのビルの横を摺り抜け、裏庭(バックヤード)に建っている個人用としてはちょっと大き目の車庫(写真中央の白い車庫)が、「Specialist
Sports Cars」社である。普通乗用車が4台か5台しか入る大きさしか無い。
この中で、店の親父が、只一人、ギーコギーコと金ノコを引き、キットカーの部品を加工しているのであった。
ショップに入って、早速、店の親父の許可を得て中を撮影。これが、ショップの販売するキットカーSTYLUSである。
フォードのZetec DOHCエンジン(排気量は聞くの忘れた)が付いたもので、0-60mph(96km/h)の加速が5.5秒と威張っていた。これを作るのに必要な費用は大体8,000ポンド(176万円)だと言っていた。エンジンをもっと安くするなど、STYLUSを最も低価格で作るには、5,000ポンド(110万円)が目安だそうだ。
作る為に必要な時間は、300から400時間とのこと、日曜日に8時間ずつ作業して、1年間かかるわけですね。
運転席に座らせてもらったが、なかなかタイトである。が、ロータス・エリーゼほどではない。
奥に緑の車があり、これもSTYLUSかと思えば、FURYだと言う。日本でも岡山のガレージクラフトが完成品を販売している「FISHER
FURY」と同じ物である。STYLUSと何処が違うかを親父に聞いてみた。
曰く、STYLUSもFURYも同じSylvaの設計で、STYLUSの方が僅かに大きく、トランクが有る事くらいが違いだそうだ。外見的にもうりふたつで、ボンネットが、STYLUSは、エランのように小さいのに対し、FURYはEタイプ・ジャガーのようにガバッと開く。
今回見学した「Specialist Sports Cars」社も「FISHER」社も「Sylva」の作ったキットカーの販売を行なっているだけらしい。後述するSTYLUSの組み立て説明書にも大きく「Sylva」の名前が入っていた。
大きく開いたFURYのボンネット内部。エンジンはフォードのクロスフローだと思うが、それよりも特徴的なフロント・サスペンションに注目して欲しい。
基本的にはダブルウイッシュボーンなのだが、アッパーアームがシャーシの中側に伸び、その下側にコイルスプリング付のダンパーがある。このロッカーアーム式のサスペンション、性能は良いのだが、スペース効率が良くないので、日本の車では、まず使われる事はない。
ボンネットが大きく開いて見やすいFURYの写真を載せたが、STYLUSのフロントサスペンションもほぼ同一のものである。
STYLUSのフロントホイールのハブは、「部品取り車」のEscortのストラットを切って、アッパーアームとのジョイント部分を付けると言う荒業で、この作業は、難しいのでショップの方でやってくれる。ハブ以外のアーム類はオリジナルである。
作業中のSTYLUS。未塗装のFRP製ボディが良く判る。STYLUSは、鋼管溶接主体のシャーシにFRPボディを乗っける。むき出しのシャーシが無かったので、シャーシの写真はない。
シャーシは、スペースフレームではなく、セミモノコックとスペックには載っていた。人の乗る部分を鉄板の箱構造にし、フロント・リアのサスペンション及びエンジン部分は鋼管溶接になっている。つまり、モノコックと言っても日本の車のように、ボディの表面板が構造体になっているのではなく、シャーシのみが構造体になっている。このセミモノコックシャーシは、最近のキットカーに良く使われるものらしい。
ショップの中には以上の3台が有るのみで、後1台か2台しか入らない狭い店である。
店の片隅にあった作りかけのリア・サスペンション。この写真は、正確には、リア・アクスル(後輪車軸)だけだね。リア・アクスルは、やはり「部品取り車」のEscortの物を使用しているが、Escortはリーフスプリングなので、本来、リンク・アーム用のブラケットは無い。写真を良く見ると両サイドに結構大きなブラケットが溶接してあるが、この作業も難しいのでショップの方でやってくれる。リア・サスペンションは、写真のブラケットにロアにトレーリングアーム、アッパーにリーディング・アームを付け、デファレンシャル・ギアにパンタロッドを付けた5リンク方式である。
リア・アクスルの周りにおいてあるのは、写真では判らないと思うが、Escortのステアリング・コラムで、これもSTYLUSに使う。
「部品取り車」のEscortから取って使う部品は、以上のように、フロント・ハブとリア・アクスル及びプロペラシャフトをショップが加工して使う他、エンジン、ギアボックス、ステアリング周り、ブレーキ周り、ペダル周り等を、そのまま流用する。なお、エンジンに関しては、DOHCやローバーのV8に交換することも可能だ。
フロントが、ロッカーアーム式のダブルウイッシュボーンと凝ったサスペンションの割に、リアはリジット・アクスルとプアで、日本的常識からはアンバランスな感じがしてならない。リアも独立懸架にすべきだよね。(最近のFURYには、後輪も独立懸架のバージョンがあるらしい。) それ以外にも英国のライトウェイトスポーツには、日本の常識からはアンバランスなサスペンションが多い。
どうも、これは英国におけるフォーミュラー・レースの入門であるフォーミュラー750に原因があるらしい。このフォーミュラー750は、文字通り750ccのエンジン(現在は875cc程度に拡大)を使っているのだが、後輪はリジットと言う規程がある。それに対して前輪には何の規程も無い。そこで、フロントのサスペンションは凝りに凝るのだが、リアはリジットのままである。
で、このフォーミュラー750で良い成績を残した車体に、エンジンをカリカリチューンの750ccから使いやすいノーマルの1100〜1700ccに乗せ換え、ライト等保安部品を付けると、高性能なライトウェイトスポーツが出来上がると言う訳。
FURYやSTYLUSの設計をしたSylvaは、何年も連続で、フォーミュラー750のチャンピョンシップを取ったコンストラクターであり、そのレースカーを元にロードカーにしたのが、FURYやSTYLUSである。これは、40年前のロータス・セブンも同じ。やはり、フォーミュラー750で活躍した車を元にセブンは作られたらしい。かくして、英国ライトウェイトスポーツはアンバランスなサスペンションを持つのだ(憶測)。
これが、店の親父。これまでに書いてある事は、この親父から聞いた事や買ってきたSTYLUSの組立て説明書に書いてあった事である。が、話をしているうちに飛んでもない事を言い出した。
どうやら、「おまえの事は知っているぞ。俺はバーファムに住んでいるが、おまえもバーファムに居るだろう。」と言っているらしい。確かに、私はギルフォード市バーファムに住んでいるのだ。
バーファムと言うのは、ギルフォード市の中にある地区の名前で、日本で言えば「町」だ。バーファムは、ギルフォード市の中でもやや郊外にあり、早い話が田舎である。
バーファムは住宅街になっていて、一戸建てか、テラスハウスがほとんどで、家族世帯しか住んでいない。バブル景気の頃は、日本企業も家族で海外赴任していたため、バーファムにも日本人家族が何世帯も住んでいたらしい。が、不景気の現在、単身赴任が主になり、バーファムから日本人は居なくなり、私達家族だけである。(少なくとも近所で他の日本人家族に会った事は無い。)
こんな狭い田舎町で、白人社会の中に、謎の東洋人(私らの事だよ)が、たった一世帯ならさぞや目立つ事であろう。、この親父が、私の事を知っていてもおかしくない。それでも他の英国人達が、私達家族の事をどういう目で見ているかと思うと、ぞっとした。
その他、結構、この親父からは色んな事を聞き出した。
店からは、パンフレットと価格リストを只で貰い、STYLUSの組み立て説明書を8ポンド(1,760円)で買ってきた。この説明書、僅か16ページしかないので、結構、高い気がする。その上、ミニ四駆の説明書の方が、よっぽど詳しく書いてあると思うほどの内容である。が、かなり面白い。この説明書の紹介をすると、長くなるので別の機会に譲ろう。
とにかく、店の親父に聞いた話と説明書の内容を併せると次のように結論付けられる。
と言う訳で、結局は、ナンバー取得が可能か否かが鍵である事は変わり無い。ナンバー取得の当てが無いまま、日本に送るのは資金面でも時間面でも無駄になる。そして、キットカーの泥沼に落ちていく・・・・のである。おう、恐い。
こんな事を考え、家に帰って地図を見て驚いた。店の親父の家を聞いておいたのだが、何とバーファムの西端にある。私の家はバーファムの東寄りで、歩くと10分か15分くらいかかるくらいの距離があるのだ。いくら、同じ町内とは言え、これだけ離れていては、本当に私の事を知っているなんてことはありえるのだろうか?
「おまえの事は知っている・・・」
あれは、英語のヒアリング能力の無い私の耳と「東洋人は見られている」と言う自意識過剰の心が生んだ幻聴だったのか?それとも、私がバーファムに住んでいる事を知って、親父が話を合せただけか? いや、どう思い出しても、私の顔を見るなり、バーファムの話をし始めた気がする。
いまさら、本当のところを聞き直すのは恥ずかしいし・・・・ 結局、店の親父が本当に私を知っていたのか、それとも聞き違いか、はたまた親父がカマをかけたのか、真相は闇に包まれたままだ。
話が前後して、ご迷惑をかける。
最後に、親父は言った。
「今度来る時は、前もって電話をくれれば、ロードテストの準備をしておくから」
果たして、私はSTYLUSを運転したいが為に、もう一度ショップを訪れるのか? もちろん、その時は、ロード・インプレッションを報告するが、その後、キットカーの魅力に取り憑かれ、遂には泥沼に落ちていくのか?
それとも、ナンバー取得に当ての無い事を鑑み、キットカーにすっぱりと見切りを付けるのか?
私自身に今後の展開の方向性すら予想できなくなった。今回はこれにて!!
次回に続く・・・・・(本当に続くのか??)